名古屋地方裁判所 平成9年(わ)285号 判決 1997年12月04日
被告人
氏名
山本勝一
年齢
昭和一三年一月一〇日生
職業
農業
本籍
愛知県豊橋市東細谷町字一リ山九番地
住居
右同
検察官
新河隆志
弁護人
森田辰彦(国選)
主文
被告人を懲役一〇月及び罰金三〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
罪となるべき事実)
被告人は、愛知県豊橋市東細谷町字一リ山九番地に居住し、農業を営んでいるものであるが、松本忠昭、松本成功、長谷川哲也こと金炳大及び松木一也と共謀の上、所得税を免れようと企て、架空の経費を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、被告人の平成六年分の実際の総所得金額が一二六万六二五五円で、分離課税による長期所有土地にかかる譲渡所得の金額が八一五四万八〇四〇円であったのにかかわらず、平成七年三月八日、愛知県豊橋市大国町一一一番地所轄豊橋税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が一二六万六二五五円、分離課税による長期所有土地にかかる譲渡所得の金額が三六五四万八〇四〇円で、これに対する所得税額が八三三万五九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、被告人の正規の所得税額二一八三万五九〇〇円と申告税額との差額一三五〇万円を免れた。
(別紙修正損益計算書、脱税額計算書参照)
(証拠の標目)
括弧内の数字は、証拠等関係カードの検察官証拠請求番号を示す。
一 被告人の検察官調書(乙一、二)
一 証人長谷川哲也こと金炳大の公判供述
一 長谷川哲也こと金炳大の検察官調書(同意部分・抄本・甲一〇)
一 前田憲昭(甲五)、石橋俊定(甲六)、山本やす子(甲七)、松本忠昭(甲八)、松本成功(甲九)及び松木一也(甲一一)の検察官調書(各謄本)
一 大蔵事務官作成の証明書(各謄本・甲一、二)及び査察官調査書(各謄本・甲三、四)
一 被告人の公判供述
一 証人山本やす子の公判供述
(補足説明)
弁護人は、被告人が、申告時には、架空経費が計上されていることを知らず、脱税の故意がなかったから無罪である旨主張するが、当裁判所は、判示のとおり認定したので補足して説明する。
一 前掲各証拠によれば、以下の事実が認められる。
(一) 被告人は、愛知県豊橋市で農業やプロパンガスの配管工事業に従事していたが、サラ金業者等から多額の借金をし、その返済に窮したため、平成六年四月一九日、不動産業者のセイワ産業株式会社(以下「セイワ産業」という)の代表取締役石橋俊定(以下「石橋」という)の仲介で自己所有の土地を代金九二一一万円で売却し、右代金を借金の返済や売却諸経費の支払いにあて、その残りが約二〇〇〇万円となった。被告人は、右土地の売却で課税される税金がいくらになるか心配になり、右売買契約に関与した山田正司法書士に尋ねたところ、土地の売却代金の約三九パーセントが税金になる旨の説明を受け、石橋からも約三〇〇〇万円以上は税金を取られるから準備しておくように助言された。
また、その後、石橋が被告人に電話を掛けて、税金のことを尋ねた際、被告人は、金融業者に支払った金を経費等にあてられず、税金の支払いに苦慮している旨を石橋に話している。
(二) 石橋は、脱税工作請負組織である全日本同和事業連盟の松本忠昭(以下「松本」という)の下で仕事をしていた知人の長谷川哲也こと金炳大(以下「長谷川」という)から脱税請負の客を紹介するよう頼まれていたことから、同年一〇月ころから平成七年二月上旬ころまでの間数回にわたり被告人に電話を掛け、税金を安くする方法があるから頼んでみたらどうかと誘ったが、被告人は、最初は石橋の誘いには応じないでいた。
(三) しかし、被告人は、熱心な石橋の誘いを受けるうちに最終的には石橋の誘いに応じることを決意し、同月九日、名古屋市内の石橋の事務所で長谷川を紹介され、長谷川に税金を安くする手続を依頼した。(なお、被告人は、それまでほぼ毎年、確定申告書作成を静岡県湖西市の松山嘉教税理士に依頼していた。)
(四) 長谷川は、松本にこのことを報告し、松本の指示で被告人のための脱税工作に着手し、同年三月八日、長谷川及び松本成功が、架空経費である全日本同和事業連盟の被告人に対する業務代行料四五〇〇万円を計上した虚偽の所得税確定申告書を豊橋税務署に提出して本件犯行に及んだ。被告人夫婦は、本件犯行前に長谷川らと税務署前で待ち合わせ、長谷川らが税務署職員と交渉した後の確定申告書の提出に立ち会った。
(五) 同日、被告人は、税金を安くしてもらう手続をしてもらった長谷川らへの報酬として、長谷川に五〇〇万円を支払った。
同月一三日、被告人は、右虚偽の所得税確定申告に基づいて、八三三万五九〇〇円を豊橋税務署に納めた。
(六) 同年一一月下旬ころ、被告人に対して、豊橋税務署の税務調査が入ったため、被告人は、あわてて、石橋に電話し、同年一二月一日ころ、名古屋市内の松本の事務所で松本に会い、松本に税務署に行って説明するよう依頼した。
同月上旬ころ、被告人方に、豊橋税務署の職員がやってきて、被告人に対して、修正申告を求めたが、被告人は、その場では直ちに応じず、再び松本の事務所に赴き松本及び長谷川や虚偽の確定申告書を作成した松木一也らに相談した。
(七) 平成八年二月、豊橋税務署は、被告人に更正決定の通知をした。そこで、被告人は、松本に連絡して、報酬として渡した五〇〇万円の内いくらかでも返してほしいと持ち掛けて、同年六月ころまでに松本、長谷川、石橋から、約二八〇万円を取り戻した。
以上の事実が認められる。
これら被告人が長谷川に確定申告手続を依頼した経緯や被告人が五〇〇万円という確定申告手続の報酬としては異常に多額の報酬を支払っていること、被告人が税務署の更正決定を受け、税金が安くならないと分かった後、支払った報酬を松本らから取り戻そうとしていること等の事実に鑑みれば、被告人は、石橋の紹介で長谷川、松本らに依頼した手続が、不正な方法で所得税を免れるものであったことを認識していたことが強く推認される。
右に加えて、被告人の脱税の認識の点に関係して、長谷川は、当公判廷において、平成七年二月九日ころ、被告人とセイワ産業の事務所で会った際、被告人の確定申告手続は、全日本同和事業連盟の松本が行うこと、全日本同和事業連盟は税務署に顔が利くこと、税金を安くする方法として土地の売却代金の約半額の領収書をつけ込むこと、その結果、税金は約半額に安くなること、報酬は安くなった税金分の三〇パーセントで大体五〇〇万円ぐらいになることを被告人に説明した旨、及び、申告日である同年三月八日、豊橋税務署近くの喫茶店内で内容虚偽の確定申告書と虚偽の領収書を被告人に示しながら、全日本同和事業連盟に支払手数料として四五〇〇万円支払ったことにして税金を安くしたことを説明した旨供述している。右供述は、具体的かつ詳細で弁護人の反対尋問にも動揺せず一貫していること、長谷川も多額の報酬を被告人からもらうために報酬の根拠を被告人に説明する必要があり、確定申告後直ちに、被告人と長谷川との間で報酬の授受が行われていることと合致することに照らし、十分信用できる。
この点、弁護人は、長谷川には、松本らの税務処理が違法な脱税であることを被告人に悟られると被告人の決意が揺らぐおそれがあり、長谷川は税務知識に疎い被告人を偽って、合法的な処理であると思いこませる必要があった等の理由から長谷川の供述には信用性がない旨主張する。しかしながら、長谷川としては、合法的な処理ということでは、約五〇〇万円もの多額の報酬の根拠を説明できないのであり、むしろ、不正な行為であるにもかかわらず、税務署の調査を阻止できることに多額の報酬の根拠を求めざるを得ないのであるから、弁護人の主張は理由がない。
また、被告人の妻である山本やす子(以下「やす子」という。)は、捜査段階において、検察官に対し、石橋から税金を安くしてくれるところがあると紹介された際、税金を安くするというのが、実際の所は税金を誤魔化す脱税であることがすぐに分かりましたので、最初の頃、石橋には「税務署に後で来られて脱税という騒ぎになると困るしね。」と言って、それとなく断っていたが、石橋が何度も熱心に誘ってきたことや税金の支払いでどうしようか悩んでおり、頼りになる石橋さんのいうことだし、後でばれて大事になることはないだろうと踏ん切りをつけて、石橋の誘いに乗ることに決めた旨供述している。右供述は、石橋から脱税の誘いを受けて逡巡した末、脱税工作を依頼するに至る心情がよく分かる迫真性のあるものであること、前記の認定事実や石橋、長谷川の供述と符合すること、夫や自分が処罰を受ける可能性があることを認識した上で、敢えて不利益な事実を供述していることに照らし十分信用できる。
これに対し、弁護人は、検察官から誘導されたことや査察官から自白を強要されたこと、検察官が威圧的な態度であったことにより、やす子は事実と異なる供述をしてしまったもので右供述には信用性がない等と主張する。また、当公判廷において、やす子は、右供述は検察官の誘導による旨供述する。しかしながら、右供述には報酬を払うときのやりとり等やす子自身でなければ知り得ない事実が含まれているうえ、やす子自身当公判廷において、調書作成にあたった検事からは何らの圧力を受けていない旨供述しており、その他違法な取調がなされた事実も認められないから、弁護人の主張は採用できない。
また、やす子は、当公判廷において、前記供述内容と相反する供述をし、確定申告時には、長谷川らが違法な行為をしているとの認識はなく、査察官の調べで初めて脱税にあたることが分かった旨供述する。
しかし、やす子は被告人の妻であり、夫が処罰を受けることをおそれて被告人を庇おうとする動機があるうえ、捜査段階の供述と相反する部分は夫である被告人の脱税の故意に関する部分に集中していること、当公判廷での供述内容は多額の報酬の授受等前記認定事実と矛盾していることに鑑み、捜査段階の供述と相反する供述部分は信用できない。
二 さらに、被告人は、捜査段階において、検察官に対し、石橋から税金を安くしてくれるところがあると紹介された際、妻が、税金を安くするというのが、実際の所は税金を誤魔化すことであるし、後で税務署にばれてゴタゴタになるのが嫌だという考えを持っていたので、石橋の誘いを一旦は遠回しに断っていたが、石橋が何度も熱心に誘ってきたので、後でばれて大事になることはないだろうと考え、石橋の誘いに乗ることに決めた、セイワ産業の事務所で長谷川を紹介されて説明を受け、同和という組織については知識がなかったが、松本がかなり偉い人で、税金の誤魔化しをしても、税務署に顔が利いて大目に見てもらえる力のある人だと思った、松本らに頼むと税金が半分くらいになると説明された、報酬が四〇〇万円ないし五〇〇万円かかると長谷川か石橋から説明を受けた、確定申告の当日、税務署の近くの喫茶店で長谷川からどういうふうに税金を半分にするのか簡単に説明を受けたが、被告人や被告人の妻は、税金を誤魔化す方法は全て長谷川らに任せていたので、説明の内容までしっかり理解するようなことはせず、要は、土地を売って経費が多くかかって儲けが少なかったようにうまくやってくれたのだろうというくらいの考えしかなかった旨供述している。
右供述は、具体的かつ詳細で不自然な点がなく、前記認定事実や石橋、長谷川、捜査段階におけるやす子の供述と符合しており、十分信用できる。
これに対し、弁護人は、やす子と同様に、被告人が検察官から誘導されたことや査察官から自白を強要されたこと、検察官が威圧的な態度であったことにより、事実と異なる供述をしてしまったもので右供述には信用性がない等と主張する。しかしながら、被告人についても、やす子と同様に、右供述には、セイワ産業事務所で長谷川から説明を受けた際の心情や報酬を払うときのやりとり等被告人自身でなければ知り得ない事実が含まれているうえ、被告人自身当公判廷において、被告人の調書の大部分の作成にあたった検事からは何らの圧力を受けていない旨供述しており、その他違法な取調がなされた事実も認められないから、弁護人の主張は採用できない。
三 この点、被告人は、当公判廷において、やす子の公判供述と同様に、確定申告時には、長谷川らが違法な行為をしているとの認識はなく、査察官の調べで初めて脱税にあたることが分かった旨供述する。
しかしながら、右供述は、長谷川に依頼した経緯や被告人が五〇〇万円という確定申告手続の報酬としては異常に多額の報酬を支払っていること、被告人が税務署の更正決定を受け、税金が安くならないと分かった後、支払った報酬を松本らから取り戻そうとしていること等の前記認定事実や石橋、長谷川らの供述と矛盾し信用できない。
これに対し、弁護人は、被告人が農業を営み、税務知識に乏しいことや長谷川と架空領収書をやりとりした際の被告人の応答内容が見当外れの内容であること等の点を指摘し、被告人の公判供述が信用できると主張する。しかし、前記認定事実及び石橋らの供述によれば、被告人は、所得税を少しでも免れることに主たる関心があったのであり、税務知識の乏しい被告人は、脱税の具体的方法や税法上の意味については、関心がなかったのであるから、被告人が架空経費の計上等脱税工作の具体的方法や架空の領収書の税法上の意味等について、正確に理解していなかったとしても、これを、直ちに脱税の故意がなかったと直結させて評価することはできない。
四 そして、脱税の故意としては、申告した所得を超えるなにがしかの所得があり税を免れることを概括的に認識すれば足り、個々の勘定科目、会計的事実の認識は、故意の内容をなすものではないと解されるところ、前記の認定事実及び信用できる各供述によれば、被告人は、税務知識に疎く、架空経費の計上等脱税工作の具体的方法や架空の領収書の税法上の意味等については、正確に理解していなかったものの、長谷川らが、土地を売って経費等が多くかかって儲けが少なかったようにうまくやってくれる旨の認識はあったと認められる。そうすると、被告人は、長谷川らが不正な手段で被告人の所得を隠し、税金を免れる工作をすることは認識していたものと認められ、脱税の故意として欠けるところはない。
(法令の適用)
罰条 平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条、所得税法二三八条一項
刑種の選択 懲役刑及び罰金刑を選択
労役場留置 刑法一八条
刑の執行猶予 刑法二五条一項(懲役刑につき)
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法一八一条一項ただし書
(量刑の理由)
本件は、農業を営む被告人がいわゆる「えせ同和団体」で脱税請負組織である全日本同和事業連盟の者らに依頼し、判示のとおり、所得税一三五〇万円をほ脱した事案である。本件における脱税額は右のように多額で、ほ脱率も約六〇パーセントに上るうえ、右全日本同和事業連盟は、内容虚偽の確定申告書を作成する者、右虚偽の確定申告書を税務署に受理させ圧力をかける者等に役割を分担して組織的かつ計画的に脱税工作を行い、その方法も大胆かつ巧妙で極めて悪質である。また、誠実な納税者の税に対する不公平感を助長し、わが国の申告納税制度に与えた悪影響も無視しえない。
被告人は、土地の売却代金の大部分を借金の返済に回したため、税金の支払いを少なくして金銭を手元に残そうと考え本件犯行に及んだものであるが、納税意識の欠如した自己中心的な動機に酌量の余地はない。そうしてみると被告人の刑事責任を軽視することはできない。
しかしながら、他方で、被告人が更正決定に基づき少しずつでも本件により免れた税金等を支払っていく意思であること、被告人に前科がなく、これまで農業等に従事し稼働してきたこと、被告人が本件犯行に至るには、石橋らの働きかけがあったこと等被告人にとって斟酌すべき事情もある。
当裁判所は、これらの事情を総合考慮した上、主文の刑を定めた。
(求刑 懲役一〇月及び罰金四〇〇万円)
(裁判官 長倉哲夫)
修正損益計算書
自 平成6年1月1日
至 平成6年12月31日
<山本勝一>
<省略>
<省略>
脱税額計算書
自 平成6年1月1日
至 平成6年12月30日
<山本勝一>
<省略>
(上記所得金額は、総合課税の所得金額及び分離課税の所得金額を加算したものである。)
税額の計算
<省略>